楽劇『ワルキューレ』より「ワルキューレの騎行~ジークリンデの退場」

 タイトルを見てピンと来なくても、コッポラ監督の映画「地獄の黙示録」のヘリコプターの戦闘シーンで流されていた曲、と言われればわかる方も多いのではないだろうか?まぁいずれにせよ、皆様どこかで一度は聞いたことがあるだろう。

 この映画は1979年の作品で、この5分少しのシーンができあがったとき、コッポラはわざわざ黒澤監督にこれを見せに行ったそう。それくらい凄いシーンである。シーンの冒頭、"Shall we dance!(ダンスをはじめよう!)"と言って「作戦の一環として」大音量で流し始める設定になっているのが楽劇『ワルキューレ』の第3幕の幕開けの音楽。「ワルキューレの騎行」である。

 

 なぜこの曲が戦場で使われたのか?それはワルキューレが、戦死した勇者の魂を北欧の神の住まうワルハラ宮に運ぶ死の戦乙女ーーーつまりは死神だからに他ならない。

  

 戦場で魂を集めたあと、岩山に集っているこのシーン、実は9人の長女であるブリュンヒルデ以外の8人の戦乙女が歌っている。というのもブリュンヒルデは父親である神々の長ヴォータンの言いつけで別の現場にいたからだ。

 彼女はジークムントという英雄が決闘で死ぬようにする、という仕事に出ていた。ところが、なんと彼女はジークムントに同情してしまい、ヴォータンに逆らって、彼を助けようとする。怒ったヴォータンは自ら武器とする雷槍でジークムントを殺し、今やかわいさ余って憎さ百倍のブリュンヒルデと、ジークムントの妻ジークリンデを捕まえようと追いかけはじめた。

 一方、ブリュンヒルデは、せめてジークリンデはヴォータンから守ろうと必死の逃走中である。さぁ、これから上司と部下でもある父娘の喧嘩が大変なことになります!というところなのだが、もちろん、そんなことは露も知らない残りの8人の妹たちは、いつものように呼びかけたり笑ったりしながら、せっせと仕事をしている。そんなシーンなのだ。

 

 下の動画は対訳付きのワルキューレの騎行である。まさに冒頭に上げた「地獄の黙示録」と同じ演奏、ショルティ指揮、ウィーン・フィルハーモニーの演奏に日本語の字幕が付いている。実はこんなことを戦乙女は話しているということが分かるので面白いのではないだろうか?

 今回のガラコンサートでは、ワルキューレの騎行のみならず、ワルキューレのもとにブリュンヒルデが駆け込み、そして、ジークリンデが去っていくところまで(以下の動画の開始から17分まで)を演奏する。この緊迫したドラマをホルヘ・パローディがどう作り上げるのかも楽しみである。 

 Youtube上では、他にもカラヤン、スコトフスキー、クナッパーツブッシュ、フルトヴェングラーといった錚々たる指揮者の演奏を聴くことができる。指揮者による曲の違いを聞き比べるのも面白いだろう。

 

 そもそもオペラは、音楽で構成される劇なので、ストーリーのある舞台である。さらに、ワーグナーが目指したのは楽劇。これは、オペラを一歩進め、舞台美術、衣装、演出、音楽、台本、劇場までもjが全てが一体となった総合芸術であった。『ワルキューレ』はその中でも彼が26年をかけて作曲し、上演用には理想の劇場(今やワーグナーの聖地となっているバイロイト祝祭歌劇場。ちなみに、このホームページの背景の写真に使われているのは、同じバイロイトにあるけれど、辺境伯歌劇場という別の豪華な劇場です。)を作った、4つのオペラからなる連作「ニーベルングの指輪」の第2作目である。もちろん、台本も本人が書き、初上演の際には演出も本人が手掛けている。

 

 13世紀のドイツの叙事詩「ニーベルングの歌」に着想を得た「ニーベルングの指輪」は、北欧の神話を下敷きとした、呪われた指輪によって神々が滅びていくまでを描いた作品だ。神々の長ヴォータンとはオーディンのこと。神様なので、雷を操るなど人を超えた力も発揮するが、約束を反故にしようと悪だくみをめぐらしたり、浮気を奥さんになじられて気弱になったり、じゃじゃ馬の娘のことで悩んだり、大変人間らしい存在である。上演時間15時間を超えるお話しのあらすじはこちらなどにくわしいので、興味があればぜひ読んでみてほしい。

 

  ブリュンヒルデは、あの「崖の上のポニョ」のポニョの本名でもある。宮崎監督もワルキューレを流しながら仕事をしていたということだ。ワルキューレの音楽は、聞くと元気や、やる気が出る曲でもあるのだろう。ぜひ生演奏でその勇壮さを味わっていただきたいものである。


今回のコンサートでは第3幕の冒頭のみを演奏するが、『ワルキューレ』の全幕に興味を持ったら、来年、ぜひMETライブビューイングを見に行ってほしい。メトロポリタン・オペラで上演された『ワルキューレ』がなんと日本にいながら、大きな映画館で、映画と同じくらいの料金で見ることができるのだ。この機会を見逃すのはちょっともったいないのではないだろうか?

来年の5月、ゴールデンウィーク明けに上演の予定である。