リヒャルト・ワーグナーとは?

 まずは作曲者について紹介しよう。リヒャルト・ワーグナー(1813-1883)は、クラシック音楽界の巨匠のひとりである。イタリアオペラの巨匠で、『椿姫』などを作曲したヴェルディとは同じ年の生まれ。ロマン派の巨匠、ベートーベンが1827年に亡くなるのでの、彼のひと世代あとの時代の作曲家と言えるだろう。なお、同じドイツの同時代の有名作曲家、ブラームスは20歳年下。ワーグナーとブラームスはお互い指揮者としても有名で、たくさんの名指揮者を育てたのだが、生涯そりが合わず犬猿の仲だった。おかげでドイツには二つの指揮法の流派が生まれることになる。

 ワーグナーについては、多くの熱狂的信者も多かったが、自分で自分を「天才」であると自任する傲慢さなどから敵も多かった、とか、恋多き人生といえば聞こえはいいが不倫や略奪愛の多い人生を送った、とか、一時期ドイツを追放されて、スイスで9年間亡命生活を送っていた、などなど、多くのエピソードが存在し、その波乱万丈の生涯はそれだけでもなかなか面白い。彼を研究した著書もたくさん出版されているので興味があればぜひ読んでみてほしい。

 

 オペラとワーグナーのかかわりを考える時、なんと言っても注目すべきは彼の多才さであろう。作曲家としてはもちろん、通常は台本作家に描いてもらうオペラの台本も全て自分で書き、指揮は当然自分が勤め、一部の作品については演出も自ら手掛けていたのだ。

 ワーグナーは、イタリアのベル・カント・オペラなどの歌を中心としたオペラや、フランスで完成したグランド・オペラなどの様式を良しとしなかった。むしろ、オペラに総合芸術としての可能性の高さを見たワーグナーは、舞台美術、演劇性、音楽、台本の文学性、全ての要素が融合した総合芸術である「楽劇」の創造を目指した。そして、楽劇を上演できる理想的な歌劇場として、ついには、なんとバイロイト祝祭歌劇場という劇場まで作ってしまったのだ。

 ワーグナーのオペラ作品のうち、『トリスタンとイゾルデ』以降が楽劇とされる。今回演奏される作品のうち、『タンホイザー』と『ローエングリン』は歌劇と呼ばれるが、『トリスタンとイゾルデ』『ニュルンべルグの枚スタジンガー』『ワルキューレ』は楽劇である。

 

 バイロイト祝祭歌劇場は、ワーグナーがなくなった後は妻だったコジマが経営し、その後もワーグナー一族が経営と演出を行っている。今年新国立歌劇場で上演されたベートーベン作曲『フィデリオ』の演出はワーグナーの曾孫にあたるカロリーナ・ワーグナーだったことは記憶に新しい。

 ベートーベンと言えば、日本の年末の風物詩ともなっている交響曲第九番、いわゆる「第九」が有名だが、第九を復活させたのも実はワーグナーである。ベートーベンがなくなった後、すっかり上演されなくなったこの曲の楽譜に手を入れ、徹底的なリハーサルのものと1846年に上演した。この上演以降、「第九」は名作であるという評価を得るのである。「第九」の上演方法などについてはワーグナーは多くの論文を残し、彼の解釈がその後の「第九」の演奏のスタンダードとなっていく。ワーグナーなくしては、日本の風物詩も生まれなかったわけである。

 

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